松田聖子、神田沙也加と絶縁状態の理由は!?ラジオ復帰の真相は?

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こんにちは、pontaです。     松田聖子さんが、 30年ぶりにラジオ復帰することになったようです。 この松田聖子さんの30年ぶりのラジオ復帰の裏に...

こんにちは、pontaです。

 

 

松田聖子さんが、

30年ぶりにラジオ復帰することになったようです。
この松田聖子さんの30年ぶりのラジオ復帰の裏には、
ある決意があった模様です。
その決意とは娘、

神田沙也加さんとの

 

絶縁状態

 

を解消するという目的が理由のようです。

 
20131031_kandasayaka_24
(http://girlschannel.net/topics/284662/)

 

 
ラジオのパーソナリティーになることで、
神田沙也加さんの歌も取り上げることができる。
少しでも娘に近づくための
手法なのかもしれません。

 

松田聖子さんと神田沙也加さん、
以前は仲睦まじい親子関係だったと記憶していますが、
なぜ絶縁状態になってしまったのか?

 

 

真相に迫りたいと思います。

 

 

神田沙也加との絶縁の理由は?

 

やはり気になるのは、
松田聖子さんと神田沙也加さんの
絶縁状態に至った理由です。

 

その真相は、
二人の生い立ちにあったようです。

 

 

神田沙也加さんは東京都世田谷区の出身、

1986年10月1日に
俳優「神田正輝」さんと歌手「松田聖子」さんの

長女として生まれました。

 

しかし、沙也加さんが小学校4年の時に両親が離婚

親権を持った母、「松田聖子」さんとともに生活していうこととなりました。

 

 

その際に、松田聖子さんの本名である

 

 

蒲池

 

 

に苗字が変わる可能性があったのですが、
学業の途中で娘の苗字が変わることを憂慮した聖子さんが、
神田性で新たに戸籍を作り、

母子ともに神田性を名乗ることとなったのです。

 

 

そして中学3年の時に芸能界デビュー、

 

SAYAKA

 

の名前で活動をはじめました。
しかし、母親と同じ芸能界という世界に入って、
改めて母の偉大さに気づかされることとなったのです。

 

 

後の神田沙也加さんのこのようにコメントしておりました。

 

 

「母である松田聖子は「天才型」、

いつでも正確に歌えて、発声せずに出ていって
あれだけ歌えるのを見て、

人間ってああうふうにだれでも歌えるとデビュー前は
おもっていた。」

 

 

沙也加さん自身も「SAYAKA」としてデビュー曲

 

ever since

 

が20万枚売れてのですが、
10億円かかったプロモーションの割には

成果を上げられないという判断でした。

 

 

他にもCMや映画、ドラマなどにも出演を続けましたが、

親の七光り、事務所のゴリ押し感が
つきまとい、バッシングすら受けるような状況となったのです。

そんな娘の境遇に憂慮し、アメリカのバークリー音楽学園への留学を考えていた中、
沙也加さんの出した答えは「休養」でした。

 

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この娘の出した「休養」という結論に聖子さんは激怒し、

月20万ほどの生活を凍結、
毎日インスタントフードで過ごす時期があったとのことです。

 

 

このころから「松田聖子」「神田沙也加」親子の

 

確執

 

が勃発したといわれています。

 

 

休養中には、12歳年上のギタリスト(離婚歴有)との恋愛などで、
聖子さんと大喧嘩になり、近隣住民の通報があったほどの出来事もあり、
ますます溝は深まっていきました。

 

 

お母さんは自由に恋愛してるじゃん」という、

母親の姿を見てきたからこそ
反発心も強くなり、ついには家を飛び出し

一人暮らしを始めることとなったのです。

 

 

しかし、この独立こそが

神田沙也加」さんを強く成長させるきっかけとなったのです。
 

 

休養は約1年半にも及びましたが、

2世タレントならほとんど経験のないであろう
バーでのバイトをこなし、ワンフロアを一人で

切り盛りできるほど本格的な労働経験
を積んでいたのです。

 

 

 

そして芸能界復帰へ。

 

 

 

きっかけは大好きな「大地真央」さんの舞台でした。
芸能界に戻るつもりのなかった沙也加さんでしたが、

大地真央さん主演のミュージカル、
紫式部ものがたり」のオファーを受け、

 

これを逃しては二度と大地真央様(と呼んでいるらしい)と
同じステージに立つことはできない!

 

と復帰を決意したのです。

 

 

その後は主演ではなくサブとしてメディアへの露出を続け、

実力を高めていった沙也加さん、
活動の主をミュージカル中心の舞台へと

シフトチェンジしていったのです。

 

 

さらに仕事をつづけながら声優学校にも通い、

25歳にはテレビアニメ

 

貧乏神が!

 

艶光路撫子役声優デビューをしていたのです。

 

 

このように舞台や声優としての歌や演技力が、

何より休養中に培ってきた努力こそが
松田聖子の七光りという衣を脱ぎ捨て、

タレント「神田沙也加」の確立に成功させたのです。

 

 

そしてこれらの経験こそが、

かの「アナと雪の女王」のアナ役をオーディションで勝ち取る
原動力となったのです。

 

 

アナと雪の女王」の来日記者会見で、

アナ雪の監督が

 

神田さんの演技力を思い出して泣きだす
というハプニングが起こるほど、

神田沙也加さんはホンモノになったのです。

 

 

松田聖子さんは2014年2月末をもって所属事務所を辞めており、

この事務所は聖子さんとそのお兄さんが代表取締役を務め、

母親が役員に名を連ねる、つまり聖子さんのための、

聖子さんを支える個人事務所でした。

 

 

きっかけは11歳下の元恋人であり元マネージャーの男性との

事務所移籍・独立でした。

 


 

この母親の奔放さに

 

もうママにはついて行けない」と

 

沙也加さんは今の事務所に残ることとなりました。

 

 

この自分のプロデュース外での沙也加さんの大ブレイクに、

聖子さんの心中はいかがなものでしょうか?
親離れした娘の大成功、

うれしい反面穏やかでない部分もあるかもしれません。

 

 

しかし、2014年年末のNHK紅白歌合戦で、

神田沙也加さんが「イディナ・メンゼル」さんと
中継で「生まれてはじめて」を披露した時、

 

モニターを見つめる松田聖子さんが
涙で顔を覆うシーンが映されたのですが、

 

その姿は娘の成長を素直に喜ぶ母親の姿にみえました。

 

娘との確執状態をこれ以上続けてはいけない!

この思いでラジオ復帰を果たしたのが真相かもしれません。

 

はやく成長した娘との五分五分で共演するような舞台が整うとよいですね!

でわでわ

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